「普通が一番」私の母の口癖でした。
以前の私は、特にこの言葉に対して違和感を感じることはありませんでした。
母の親族の中には、複雑な家庭環境の人が多いからなのか、普通の大切さを私に伝えたかったのかはわからないですが、よく言っていたんです。
親からの言葉の影響って、子どもの頃はもちろん大人になった今でもかなり大きいと感じています。どういう意味かはわからなくても、私は良くも悪くも「普通が一番」なんだと思っていました。
大人になって、この「普通」にどれだけ縛られていたなんて当時は思いもよりませんでした。
そもそも普通って何だろう
子どもの頃は、先生や親の言うことを聞くのが当たり前みたいな感覚があったんだと思います。その親が言っているんだから「普通が一番」なんだろうと思っていました。でも、この普通って一体なんだろう。あまりにも曖昧でつかみどころがない、ふわっとした感覚でしかないと気づいてしまったんです。なぜなら普通って、人や環境、時代によって大きく変わりますし、人それぞれ普通の感覚が違うからです。
いつも、このつかみどころのない普通に縛られていると、周りの人たちの価値観に合わせなければダメというような自由がない感じがして何だか息苦しく感じてしまうのは私だけでしょうか。
人それぞれ価値観が違う
人間社会で生きている中で、常識やマナーが大切なことは言うまでもありません。良いことと悪いことの区別も大切です。
ただ、色々な人と出会うことで、人によって普通の基準がこうも違うのかと戸惑うことがありました。
特に感じるのは、夫婦関係です。良くも悪くも、寝食を共にし長い時間一緒に過ごすことの多い夫婦関係では、価値観が違うことで悩んでしまうということがあると思います。多くの人の離婚理由の一つとして価値観の違いがあります。
育った環境が違う赤の他人が一緒の生活を送るのですから、意見や価値観が違うのも当然かなと思います。スピリチュアルな観点からでは、お互いの成長のために、あえて自分とは違った価値観の相手を選ぶということを聞いたことがあります。そうは言っても、日常の生活やお金のこと、育児や教育のことなど、現実的に直面する問題や悩みはいくつもあります。
自分でも気づいていない普通に縛られていると、自分の価値観が正しくて当たり前だと思い、人間関係で大きな摩擦が生まれてしまいます。人それぞれ色々な価値観があるのに、相手の方が間違っているのではと勘違いしてしまい、意見がぶつかってしまうことがあるのです。
人間関係を良好にするために
まず、自分には、無意識レベルで普通という感覚があるということに気づく必要があります。
当たり前の感覚なので、意識しないと気づくことがなかなか出来ません。人と意見が合わなかった時に、自分の価値観を押し付けているだけではないのかと、ほんの少しだけ疑問を持つことが時には大事なのかなと思います。
自分とは違った意見や価値観を持った相手の話を良く聞いて、いろんな価値観があることを知って理解しようとすることで、自分とは違う価値観を受け入れることが出来るのかもしれません。